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Archive for July, 2006

時という乗り物

『お
ひさーーー!!』なんて言って出てきて、恥ずかしくないのかお前は!!4ヶ月だよ、4ヶ月!! 『恥ずかしいのを通り越したので、開き直って出てきたの
でーース。いや、本当は、、ううう、、、恥ずかかか、、、。皆さん元気ですかーー?』 もういい!機嫌取りは! で、なんか書くんだろ? 『はい、短く思
いつくままを、ごめん。』 今朝おきて頭にあった事でーす。私はクリスチャンですからみんなが、『お前の歌はちょっと癖があるとか、お前の話はちょっと
なーーとか、、へんだよそりゃーー』なんていわれますが、、私も以前はそう思ってたんです、、。今日は・・『時という乗り物』・・・天国に行くまで止まら
ない時という乗り物に乗って今日も進む、ただ前へ。この世で時に乗る長さが限られてるので、天国での永遠の命に望みを置くことを思い出す。これって人の心
に教える神の業だね。そう、神業!!私のような恥ずかしい者のために(神様以外、ほかの人は誰も知らないがね、)命を捨ててくださった方の約束に間違いは
ないという信頼があるからだ。これも神業だね。僕が信頼できるって事!!イエスキリストを自分の罪からの救い主と信頼することで人は赦され、永遠の命がも
らえる!!すごいプランだねーー!!天国って永遠に続くんだから時がないのと同じだね。それを思うと、イエスキリストは、この世に自分で作った目に見えな
い時というものを通して、全ての人の心に天国での永遠の命を考える可能性(チャンスって言うとなんかたまたまみたいだから、、)を与えていると思う。(変
な文章?) 何故って、、人の心の中には、もし出来るならこの乗り物にずーーーーっと乗っていたいという願いがあるから。(あきらめや、仕方がないって言
う理由じゃあなくてね) でも、それは願いだけであって、乗れない時がくるんだよね。この世の人には、これがどうしても解せない事、心から喜んで受け入れ
られないことだと私は思う。しかしこのことは、生きてる全ての人に、イエスキリストの愛を受け入れて永遠の命をもらう可能性がまだある事を示してると思
う。だから私は状況が悪くても、皆からどう思われても、ひるまないで続けてイエスキリストを歌わせてもらうでーーーーーーーー!!! 『お前、恥ずかし
いって言ったけど、、どこがが恥ずかしいんだ?いろいろ言ったけど、もっと書けよな!でないと誰も見てくれなくなるデ、、』 『あいよーー!!』 長く書
くと誰も来ないぜ、、気をつけろ!!『あいよーー!!』

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